色に対して触感を厳密に一対一で相関させる、というアプローチがかつて行われたことがあるのか否か、寡聞にして知らない。
ある色を見て匂いなどの他の感覚を感じる、なんてことは聞いたことがあるような気がするけれど。ちょっとザラザラは赤系とか、斜めストライプは青系だとか。触っていけばいろんな色がわかる、みたいな。

そんなことを書くのは、どうやったら目の見えない人も絵本を楽しめるかを考える機会があったから。点字絵本はたくさんあるし、触る絵本として絵を樹脂で隆起させているものも多く出ているようだ。それはそれで素晴らしく、見える人も見えない人も楽しめると思う。

けれど、もう少し発展させて、色の豊かさと触感の豊かさを繋げないものだろうか。色の見える子が絵を見て「赤い」という。見えない子がそれを聞いて「赤い?」と考える。絵を触って「ああ、これが赤いということか」と。
「赤い」の意味はお互い違うかもしれないけれど、気持ちは通じあう。そもそも、万人の「赤い」にしても、それぞれがあの色を赤いと言っているに過ぎないのだから。
かつて色を識別できていた人だったら、触ることで青や赤や黄の色彩感を想起できるかもしれない。

触感の違いでうまく色を表現できれば、輪郭だけじゃなくて様々なテクスチャなんかも自在に出せそうだし、過度の立体性を付与する必要がないので、触る絵というカテゴリの表現力はさらに増すのではなかろうか。

問題点はいくつか抱えており単純ではない。課題のそれぞれがお互いに関連しているが、ざっと挙げてみると以下の通りかと思う。

  • 統一規格が必要
  • 二次元的に広がった触感のパターンを、何パターンまで判別できるのか
  • 解像度はどれくらいか
  • グラデーションやかすれを表現できるか
  • 耐久性
  • 量産性

2つめの項目は、何色を表現できるかに直結するが、256色ができればある程度のことが見えてくるかと思う。65,000色を達成できるとすごく良いが、パターンだけでそんなにわけられるのか、ちょっと想像がつかない。
また、目の見えない方々の指先感覚の鋭敏さも考慮に入れなければならない。それは、3つめも同じだ。

凹凸が低ければ、解像感は落ちる。一方で、低い凹凸は平面性が上がり、扱いやすい。この辺はトレードオフだろう。単純な段差で考えると、100ミクロンの凹凸は判別できる。これが、50ミクロンでも可能なのかどうか。仮に50ミクロンの凹凸で形成された二次元パターンが判別可能だとすると、30ページの絵本で追加される厚みは合計1.5ミリ。個人的な感覚では、ギリギリ許容できそうな厚みの増大かなと思う。もし、既製の製品上に後から凹凸を形成するとすると、それくらいでもいささか厳しいかもしれない。

あるいは質感の変化も活用すれば、さらに解像度は向上できるかもしれない。塗布するインクの濡れ性やラフネス、弾性などにバラエティが出せれば、それも不可能ではないだろう。

犠牲にしてしまうものもある。

  • 紙の質感を楽しみにくくなる
  • 光散乱による鮮やかさの低下

紙そのもののもつ柔らかさや滑らかさ、そういったものを楽しめる部分は当然のことながら狭くなってしまう。絵本の魅力にはそういうものも含まれていると思うので、それは残念。
また、印刷物上に何かを形成すると、どうしても反射光の散乱が起きて白っぽくなってしまう。細かなパターンだと尚更だ。もし、屈折率1に非常に近いインクができれば散乱は激減するだろうが、それはかなり厳しい。

二次元の印刷物上に微細な凹凸を付ける、という機能は、言ってみれば通常プリンタと3Dプリンタの中間、2.5Dプリンタと称するべきものだろうか。
現実的に印刷物上に樹脂で隆起させた絵本は多数あるわけだから、ある程度の量産設備は存在するのだろう。では、後からそういう凹凸形状を付与する場合はどうだろう。その行為が許されるものなのかどうかは別に議論が必要かもしれないが、機能さえ整えばできないことではないだろう。
例えば、魅力的な既製の絵本に色相関型触感パターンを形成したいとする。3Dプリンタ、本を開いて固定する治具、本とノズルの距離を計測するギャップセンサ、ギャップの自動制御機能、絵柄を読み取るカメラ、色→パターンの変換表およびアルゴリズムが揃えば、できそうな気がする。
昨今の3Dプリンタは、20ミクロンの解像度を有するものもあるので、触感パターンの形成能力としては十分であろう。
読み聞かせる人がいて、文章を読んでくれるのなら問題なし。文章もまた点字にして、自らも読めるようにするには、これも3Dプリンタが活躍できるかもしれない。が、もっと点字に特化した、大きなドットを飛ばすジェット式のディスペンサーのようなもののほうが向いている気もする。そういうのも、今まで定型の用紙にしか点字を打てなかったり、点字シールを一つひとつ貼る必要があったことから比べれば、利便性を向上させるのではなかろうか。

もしかしたら、一定の凹凸パターンを後から付与するという技術は、絵本だけでなく、他のものにも応用できる可能性はある。触ることで生み出される情報は、いろんな人々に更なる暮らしやすさや楽しみを与えてくれるかもしれない。

8ビットギャラリー:『赤富士』
8ビットギャラリー:『赤富士』