watagasi-kamen
綿菓子仮面
我が子monmonと祭りに行ってきました。去年なら町の盆踊り大会なのですが、日程が合わないため、近くの市でやっている市民祭りのようなものに。役所や商工会、近隣の店が協力して開催しているタイプの祭りです。
たくさんの出店があったり、芸人のイベントがあったり、無料の積み木や黒板など、それはそれで盛大でした。かき氷やポップコーンなど値段も安いですしね。商店街は人いきれでしたし、何事も並ぶのには閉口しましたが。

祭りはいいなぁ、としみじみ言うところなのですが、ちょっと引っかかるのです。これは伝統的な祭りがある場所で生まれ育ったかどうかで差があるのかもしれません。祭りというのは、何らかの形ででも参画するようなものでありたい、と思うのです。地車でも神輿でも踊りでも小舟を川に流すのでもいいです、何かその祭り固有のコトが欲しい。宗教的でなくてもよくて、観ているだけでも、そこにいるだけでもその祭りの一部のような感覚になるもの。たくさんの人のそういう意識が結集した時に、祭りでしか見れない何か美しいものがそこに現出するような気がします。
夏の夜の夢を感じさせる美しさが足りない、そう思った日でした。少なくとも、自分の心の底にある祭りの思い出は、不思議な美しさに満ちています。

今の時代に宗教的でなく、役所も含め皆がお金を供出し、人々から受け入れられる象徴となるべきもの、それは心底考えてみても、もはや『ゆるキャラ』しかないと思うわけです。であるならば、着ぐるみではなく、100年200年残るような粋を極めたゆるキャラ像を作り上げ、祭りの行事に組み込んではどうでしょう? それはそれでかなりセンスが問われそうですが。それをどんな行事に仕上げるかが工夫のしどころ。

と、そんなこんなだったのですが、とにかく、えげつない混雑に小さな子どもを連れていくのは、楽しむ暇がないと本当に痛感しました。人混みに疲れるというより、子供を制御し、安全なまま連れて帰るのに一苦労。子どもが喜んでくれることが一番なのですが、いやそれにしても。
勝手に友達と祭りに行ってくるわ、と言い放つくらいに早く大きくなってくれ。そうなったらやっとこさ、父が祭りをもっと楽しめるようになります。