
今年は急に梅雨が終わったのでセミが鳴かない。なんて思っていたらあっという間に恐るべき轟音がやってきた。結局、何も例年と変わらない。いや、なまじ出だしが静かだった分、圧が凄まじい。それにしても、一斉に鳴いているが、位相のずれた鳴き声同士が全く相殺されることがない。ナチュラルノイズキャンセリングしない。むしろ同調している気がする。そんな種族的機能があるのか? でもそうすると全セミの鳴き声が同一で個性はなくなるはずだ。メスを惹きつける特徴を失う。ああ、没個性。これは同調圧力というものか? それとも社会的現象? 猫も杓子もタピオカドリンクとかアサイーボウルを求めてしまうようなものか? それでも微妙に鳴き声の個性は残されているのか? そもそもメスは本当に鳴き声だけでオスを選んでいるのか? ああ、調べたい。どこかの中学校の自由研究とかでじっくりやったりしていないだろうか…。
そんな眩しい夏に合うものは、怪談だ。YouTubeに年がら年中落ちているものの、気分とタイミングとクオリティーでばっちり来るのが難しい。必死こいて検索していると何だか虚しくなってくるのもまた怪談。
そんなわけで想いは妖怪へと遷移する。図書館の中を歩いている時に本のタイトルとして飛び込んできた『ケセランパサラン』。はて何だったかと気になりだした。綿のような謎の生き物だが、私の脳内をスパークしたのはそれじゃない。もっと、何か、醜き王、悪の象徴……。悩み続けて数日、たどり着いた答えは『パイライフ』。
“闇と混沌の申し子にして恐怖の使者”
“限りなき腐敗の王にして究極的堕落の権化”
“絶望と虚無の体現者”
―――魔夜峰央作「パタリロより!」
何かすっきりしたような、そうでもないような。だからどうという話ではない。だが、恐ろしいほどの熱帯夜、湿気の夜を泳ぐように歩いていると、ふとそんな妖怪が出てくる気配がしてくる。実際出てくるのはGだったりもするが。そちらの方が余程怖かったりする。
そんな日々の中、『パンどろぼう』シリーズをやたら目にする。何だか、私の生活圏に侵食してきている気がする。少しずつパンどろぼうが可愛くなってきている自分を自覚する。
そんな気もさらさら知らず、次女rinrinが選ぶ絵本は『まないたにりょうりをあげないこと(作・絵:シゲタ サヤカ、出版社:講談社)』である。何じゃそら、というお話だが、絵本の世界は無限大である。
ああ、夏の夜の夢。

