her-father
父像。認識力か、描画力か、あるいは素材によるものか。

久々の絵本タイムが、私sonsonと我が子monmonとの間にやってきた。というのも、家には我々しかおらず天気は悪く、ママゴトもYoutubeもやり尽くした中で、もう絵本しかない!ってシチュエーションでもあったから。

私の絵本読み聞かせは、monmonの要望により何冊もの絵本の連続読みになってしまう。じっくりゆっくり一冊を読むことはまあ少ない。私の読み聞かせ方では、1ページ1ページの絵を楽しむ気になってくれないらしい。私の声の、読み方の何がいけないというのか。かつて『ガラスの仮面』を読み漁り、シェイクスピアを愛読し、小劇場のラスプーチンに憧れた男の、中年テノール声で語り出す数々の言葉が何故彼女の心に響かないのか。今もって謎である。

連続読み聞かせ絵本群の中にあったのが、『かおつけつけ(作・絵 大滝まみ)』。フレーベル館ころころえほん2010年9月号の絵本である。定期購読のシリーズなので、インターネットで調べても今はなかなか出てこない。絵柄、テンポ、展開、いずれも気に入った。面白かった。monmonも楽しめたらしく、4回ほど連続で読んでしまった。

どういうものが長く出版され、どういうものがされないのか、私はよく知らない。しかし、いずれにしても一つひとつ丁寧に作られているのだと思う。面白い作品であっても消費されるように消えていくのだとすれば、いささか残念に思う。そういうものを再発掘したり、スポットライトを当て直したりするような仕組みが世の中にあれば、と願う。徳川埋蔵金とかトレジャーハンターのような気分だ。

そう言えば、改めて買った「かおノート」も目と口と鼻と髭を認識してできるようになっていた。うむ、成長している。しかし、父は目と口と鼻と髭を認識できるが人の顔を覚えられない。最近は特に3回は会わないとインプットされない。1年経つともう思い出せない。うむ、退化している。

ころころえほん(フレーベル館の公式オンラインショップ つばめのおうち)